わかる人にはわかる。
いまさらあの話です。
なんとなく書きたくなったからやっつけときます。
伝聞等からの話ですので、正確性は確かではありません。
事実と違っても怒らないという方のみお進みください。
これは、私が失恋後に語ったお話(ここは事実)
では、mean of flower(the flower of cactus)
どうぞ→
【“mean of flower”の続きを読む】
ブログ読者にそのブログの作者はいないのでここで多少の愚痴をこぼす
no-richやらD-sukeやらは誰の事を言っているかすぐわかるだろう。
つまりは、他人のブログ(部活関係)で我輩の内定が晒されたこと
いや、いいんだけどね。どうせいつかは言うんだから。
ただ、ワタシは了見が狭い。
できれば言われたくない事だってある。
続く→
【“晒し者に・・・”の続きを読む】
俺って言う人間は人と人と"の本気の繋がり"って言うものを信じない人間だ。所詮、人は他人だし、どんなに近づこうがどんなに触れ合おうが、あんな事こんな事全てやってしまおうが、その人間の考えている事の1割も知ることが出来ないと考えている。
1割というのは、全体的な流れの中の1割という事だ。もっとわかりやすく言うと、例えば今日、あなたの100%を知ることができたとしても、それは明日のあなたの何%を作りえるものなのだろうか?っていうことだ。普遍の部分も多いだろう。その人がその人であるというidentityなんていうのは変わりようが無い。しかし、そんなものは恐らく全てを形作る1%にも満たないものだ。残りの99%は流動的で可変なものなのだろう。
続く→
【“本気の繋がり”の続きを読む】